こんばんは、酔いどれ麻酔科医です。
昨日はマスクの正しい付け方、外し方についてお話しました。もう一度確認しますが、マスクは正しく装着しなければ感染対策として逆効果になりかねないので、良かったら昨日の記事を読んでしっかり確認してください。
さて、昨日の最後にお話した通り、今日は恐らく皆さんがよく分かっていない中でやや一人歩きしている感のある、「PCR検査」についてお話しようと思います。
まずはPCR検査とは何なのかというお話をしなければなりません。PCRとは「Polymerase Chain Reaction」の頭文字を取ったものです。と言っても、きっと「何のことやねん!」と思われる方もたくさんいると思います。もう少し分かりやすく説明すると、検体の中のウイルスの遺伝子を増幅して検出する方法です。
検体というのは例えば血液検査なら血液のことで、コロナウイルス感染症のPCR検査を行うための検体は、鼻や咽頭(のど)の拭い液や痰のことです。
これらの検体の中に存在するウイルスを科学的手法で増やして確認するのがPCR検査です。
つまり、これらの検体の中にそもそもウイルスが存在しなかったり、あるいは増幅しても検出出来ないくらいの量しかない(測定限界値以下)の場合、PCR陰性となります。
現状ではコロナウイルスにかかっていますよ、という確定診断を下すためにはこの「PCR陽性」が必要です。ですから様々なメディアで色んな人が「PCR検査をするべきだ!数が少ない!」と騒ぐ訳です。
でも、当たり前ですがどんな検査も絶対ではないのです。どういうことか・・・PCR検査の落とし穴について説明しようと思います。
統計学的な話になってしまうのですが、検査には感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率、偽陽性、偽陰性、検査前確率という言葉が付いて回ります。何のことか全く分からんと言われそうなので、表を使って説明しようと思います。
感染している | 感染していない | ||
PCR陽性 | A | B | A+B |
PCR陰性 | C | D | C+D |
A+C | B+D |
感度:実際に感染している人で検査陽性となった患者の割合のこと、つまり A/A+C
特異度:感染していない人で検査陰性となる人の割合のこと、つまり D/B+D
陽性的中率:検査陽性の中で実際感染している患者の割合のこと、つまり A/A+B
陰性的中率:検査陰性の中で感染していない人の割合のこと、つまり D/C+D
偽陽性率:感染していないのに検査陽性となる人の割合のこと、つまり B/B+D
偽陰性率:感染しているのに検査陰性となる患者の割合のこと、つまり C/A+C
検査前確率:検査対象全員のうち、実際に感染している患者の割合のこと、つまり A+C/A+B+C+D
この他、検査尤度比などの統計的には大切な概念がありますが、今回は上記の言葉を知っていれば良いでしょう。
まず大切な話なのですが、本来どの検査にも感度、特異度は決まっています。ところが今回の新型コロナウイルスに対するPCR検査の感度、特異度は分かっていないのが現実です。というのはまだ検査の母数が絶対的に足りないからです。
ですから、将来的にはこの検査の確かさを決めるためにも検査数を重ねていく他はないのですが、それは個人的には「今」である必要はないと考えています。
理由は3つ。1つは検査前確率、有病率とも言いますが、これによって大きく値が変わってしまうことがあります。
では、実際数字を入れて計算してみましょう。
現状、日本を含め、世界中で行われてきたPCR検査の結果から想定して、かなりPCR検査よりに数値を設定します。仮に感度70%、特異度99%としましょう。
実際、今回のコロナ感染症がある程度落ち着くのは全人口のうち抗体を6-7割の人が持った状態であると想定して60%とした場合と、一方で現在の感染者数を10%と仮定して、その場合とで比較してみましょう(現在までにPCR検査を施行された方のうち実際陽性だった方の割合が大体8%程度ですが、検査数が少ないからだ!という方もいらっしゃると思うので仮に10%としてみます)仮に10000人にPCR検査を施行したとして考えてみましょう。
まず10%の場合ですが、
感染している | 感染していない | ||
PCR陽性 | 700 | 90 | 790 |
PCR陰性 | 300 | 8910 | 9210 |
1000 | 9000 | 10000 |
次に60%とした場合ですが
感染している | 感染していない | ||
PCR陽性 | 4200 | 40 | 4240 |
PCR陰性 | 1800 | 3960 | 5760 |
6000 | 4000 | 10000 |
それぞれこれだけ変わってしまいます。
理由のもう1つですが、それは検体採取の特殊性です。現状、鼻や喉の奥にスワブ(綿棒の様なもの)を入れて、粘膜をこすって採取するか、痰を出してもらってそれを採取します。
どちらも医療者と検査対象者がかなり密接しなけれなりませんし、検査数を増やすためには検査対象者が数多く決まった場所に集まらなければならず、それはまさに密集する必要があるのです。
皆さんは自分が感染しているか心配で、でも感染していないかもしれないのにも関わらず、感染しているかもしれない人のすぐ近くに集まることが出来ますか?
僕は怖いです。
今、僕はコロナチームにいてコロナウイルス感染者の患者さんの診察を行う際は、キャップ、ゴーグル、N95マスク、長袖エプロン、手袋を装着して診療に当たっています。
当院は軽症~中等症の患者さんの受け入れ病院なのでそれで済んでいますが、重傷者と接触する際にはもっと厳重な装備が必要です。更には陰圧個室が必要です。
でも、皆さんは検査を受ける側ですから、そんな防護具を付けることは出来ない訳です。それって怖くないですか?
ちょっと脅かしすぎました。実際は患者さんの検査を行う際は、現在では出来るだけオープンスペースで(多くは建物の外で換気をしっかり行える環境下で)検査を行う様ですし、検査を待つ際にも密集しない様な工夫はなされてはいる様ですから、そこまで悲惨なことにはならないでしょう。
それでも、外出自粛を!と言われている中でコロナ感染濃厚な方の近くに集まることはどうなのでしょうか・・・?
最後に僕がPCR検査に対して否定的な最大の理由。それは、PCR検査の結果で何も変わらない、ということです。昨日もお話しましたが、現在、PCR陽性でも本当に軽症の場合、すなわち酸素投与を必要としない方は基本的に自宅静養かホテル待機をしていただくのが基本方針です。
そして、特効薬やワクチンが現状存在しないため、酸素投与、解熱薬や抗ウイルス薬の投与などの対症療法しか行えないのです。
ちなみにコロナウイルス感染だろうが市中肺炎だろうが、酸素投与が必要と僕ら医療者が判断すれば勿論
入院指示を出します。
つまり、PCRの結果によらず、僕ら医療者が提供出来る治療は何も変わらないのです。それが最大の理由です。
でも、仮に自分が普通の市中肺炎で入院して、隣の患者さんが同じく市中肺炎だと思っていたら実はコロナウイルス感染による肺炎で移されるかもしれないじゃないか、と言われるかもしれません。それはその通りです。
では、日本ではどうしているでしょうか。
実は日本という国は、世界で一番と言って良いでしょう、CT検査がとにかく「軽い」国なのです。例えば咳と呼吸苦、発熱で夜間の救急外来に行くとします。すると、医師が診察して肺炎を疑えば大体CT検査します。
実はコロナウイルス肺炎はCT画像上かなり特徴的な像を示します。ですから殆どの場合、コロナウイルス肺炎をCT検査で見落としませんし、現在この様な状態ですから、コロナチームを持たない中規模以上の病院でCT検査で肺炎が疑われた場合、ほぼ近くのコロナチームを持つ病院へ紹介となります。
そして、当院は現在緊急入院患者に関しては全例PCR検査を行っていますし、多くのコロナチームを持つ病院も特にそうした患者さんについては同様です。
ある種、CT検査でコロナウイルス肺炎を疑って、PCR検査でより診断の確かさを確認すると言った感じです。
PCR検査の一番怖いのは、あまりに言葉が一人歩きしてしまっていて、
「PCR陰性=コロナウイルスに感染していない」と勘違いしてしまう方がたくさん出てしまうことだと思っています。偽陰性の患者さんが、まるで免罪符を得たかの様にマスクも装着せずに街中を闊歩したらどうなるでしょう・・・?僕は、それこそが一番怖いです。上の表のそれぞれ300、1800という数字ですが、これは検査10000人での数字ですから、検査数が増加すれば、勿論増えます。偽陰性に関しては、「陰性率」ではなく「陰性者数」こそが大切なのではないでしょうか。
今日はPCR検査の落とし穴について、色々お話させて頂きました。いつも通り、疑問などあればいつでもコメントをください。お叱りの言葉でも構いません。
PCR検査は必要不可欠ですし、だからこそ僕らが必要だと考えたなら、検査を躊躇すべきでは勿論ありません。ただ、最前線の現場にいる者として、現状ネットやテレビなど様々なメディアでPCRが神格化されているというか、その落とし穴について殆ど触れられていないままにPCRすべきだ!という言葉だけが一人歩きしていることに危機感を持っています。
さて。今日は検査のお話をしました。ということは明日は・・・そうですね。治療のお話をしましょうか。話題のアビガン、レムデシビルについて僕が知る限りのこと、あとは対症療法についてもお話しようと思っています。では。
コメント
全くのドシロウトですが
偽陰性の数よりも感染者割合を10%にした場合の偽陽性の数のほうが気にかかります
偽陽性の発生が1%でも10000人検査でウィルスを持たない9000人の内の90人が偽陽性
精度99%にも関わらず陽性判定のうちの偽陽性の割合が1割超えてくるわけで
不可能な仮定ですが
日本の人口1.3億弱を精度99%で全員検査するとコロナ罹患率が0%だったとしても陽性が130万人出てしまうわけで。
日本のマスコミの「ことを大きく見せてニュースバリューを高める」という性質を考えると
やはりPCRは現状の運用が一番賢そうに見えます。
コメントありがとうございます。
かなり極端な数字を挙げて説明した訳ですが、確かに仰る通りかもしれません。
僕らはどちらかと言うと、やはりPCR偽陰性の方が街を出歩くことによって感染が広がることを恐れていましたが、確かに偽陽性の方が増えることで「見た目の感染者数」は増えますね・・・
検査体制として、必要な時に迅速に行える体制を取ることは非常に大切だと思いますが、猫も杓子もPCRという流れは危険だと思います。
コメント失礼します。
元々学生時代にPCRで卒業研究のデータを取っていた者です。
今は全く違う職種に就いてしまいましたが、このような事態で何も貢献することができず無力な己に悲しくなっております。医療従事者の皆さん、素晴らしいと思います。
コロナのPCRについて気になっており、こちらの記事にたどり着きました。
私の研究では、PCRをかけた後、電気泳動でゲルに流してバンドを見ておりました。工程もたくさんで時間もかかり、細かく大変な作業でした。
臨床検査の場合はデータ解析までもう少しやりやすくなっているものでしょうか?コロナウイルスのためのやりやすい仕組みなどが出てきているのでしょうか。
あのような作業をひとつひとつされているとしたら何だか申し訳なく感じてしまいます。(どうかもっと簡略化されていて欲しいです)
コメントありがとうございます!
僕も自分がPCRの検査そのものを行っているわけではないのですが、友人によればキットを使用しているので恐らくそコマで大変な作業ではない気がします。
懐かしいです、僕も学生の頃、ウイルス学の実習ですとーさんがされていた様なことを行った記憶があります!
ちなみに、キットそのものの感度特異度はほぼ100%なのですが、やはり検体採取でどうしても感度が落ちてしまいますね・・・